ぬこ日和/幸せ脳研究所

自分のことは自分で幸せにできます!

お久しぶりです

2018年は変わりました。

すごく素敵な出会いにより

自分の肯定感をあげることができました!!


2019年はもっと飛躍の年にします☆



そして、だいすきなあさぎさんのblogをリツイするため

アメブロに変更しますm(__)m


徐々にこちらの記事も移行していくので

よろしくお願いします(・∀・)!!



2019年のテーマ


ぬこはスター

笑顔と感謝の価値

give & give

愛され妻


アメブロも吉田ぬこでやってます。

よかったらフォローしてください☆

母を喜ばせたかったのかもしれない


そろそろ
「自分で自分を幸せに出来る幸せ脳で子育てや夫婦仲で悩んでいるひとたちの相談に乗りたい」
と、本気で思い出して来たぬこです。
まだまだ自信が無いので
大々的に言えないのが残念ですが


幸せ脳になれます。
幸せ見つけて行きましょう。
自分で自分を幸せにしてHAPPYになりましょう!


って言いたい気分です。
ほんと、ここですとんと腑に落ちたのですが。
なんでだろう?って考えたんです。
子どもを笑顔にさせるためにとか考えないで
わたしが相談にのりたいのは
頑張っているお母さんなんですけど、
なんでだろう?ってすごく考えてました。


で、ふっと思ったんです。



わたしの母がフルで働いていた仕事を辞めたのが
わたしが4年生のときでした。
それまで、朝の7時から夜の7時までいなかった母が
家にいてくれることはすごく嬉しかった記憶があります。
祖母が一緒に暮らしていたので
ずっと祖母に面倒を見てもらってました。


しあし、今思うと
わたしは母の笑顔を思い出せないんです。
(生きてます)
心配性の母は常に眉間にしわを寄せていたり
祖母と仲が悪かったので(義母だった)いつも文句を言っていました。
ソリが合わず、毎日顔を合わせるようになったのは
母にとっても祖母にとっても
あまり良い時間ではなかったのかもしれません。


母を笑顔にさせたい。


と、そのころから思っていたように思います。
母が悲しむようなことをしてはいけない。
母が望むような人にならないといけない。
だけど、母が言うような人にはなりたくない。
この葛藤があったのかもしれません。


自分の母の笑った顔が思い出せない。
それくらい笑わない母。
父も笑う方ではないので
笑顔が耐えない家庭とはほど遠い。



小学生ながらに


「親を笑顔にしたい」


と、考えていたのかもしれません。
以前、わたしが崇拝している小田桐あさぎさんが
「小学5年生で転機がある」と仰ってましたが、
わたしはずっと漫画が好きで「漫画かな?」って思っていたけど
もしかしたら
これだったのかも!と、すごく腑に落ちました。



最近
心の底に眠らせていた感情がすごく出てくるので
それはいま、すごく大事にしていることです。
もう母も70過ぎ、これから「笑顔」にさせるのは難しそうだけど笑


世の中のお母さんが少しでも
笑顔で過ごせればいいな。


と、思います。
幸せ脳の知識、自分で詰めます。

ついに夫も認めてくれた!


今朝の話。


夫が
「ぬこはあと、子どもが泣いたときにイライラしなければ完璧だね。
いや、イライラしちゃうよね。わかるよ」



... なんか急にさらっと言われたから
ちょっとスルーしちゃったんですけど笑


いやでも、ほんとうに...
3月から試行錯誤してここまでやってきてよかった。と、
心底思う言葉です。



自分で自分を幸せにする事は可能です。
幸せ脳でつねに幸せを選べるようになれば
自分は常に幸せです。
もちろんわたしもまだまだ常に幸せ脳でいることは
出来ていないので
まだまだ潜在意識レベルではないな。と、思います。



でも、自分で証明できているな。って実感がわいたので
まだまだ頑張れる!!!







被害妄想が激しくて
常にネガティブで
自分に自信が無くて
誰も信じれなくて
子どもが出来ても
「わたしみたいになってほしくない」が口癖で
いつもイライラしていて
家の中が殺伐としていたわたしだけど



自己肯定感を高める為に
引き寄せの法則に出会って
幸せ脳を知って
小田桐あさぎさんに出会って
魅力ラボでいま、自分の魅力を引き出そうとしています。



大丈夫。
変わりたい!変わる!!そう思えば
人はいつだって変われます。



わたしは結婚して子どもを生むまで
50歳で死ぬ。
って思ってました。
生きたくなかった。そんなつまんない人生だった。
でも、結婚して子どもを生んでこの人たちが30歳になるまで
生きてみようかな。って思った。
そのときは60歳。
あのころより10歳も長く生きようとしているからいいんじゃない。


だけど、
自分の人生楽しみたいって思ったし
子どもたちに「自分のようになってほしくない」なら
自分がされてきた子育てではいけない。って思ったの。
うちの親は「半毒親」みたいなものだったと思っているから
それじゃいけない。
「毒親は毒親を生む」からわたしで止めないといけない。
わたしはそれを今思うと使命に思っていたのかもしれない。
自己肯定感を高めるために
なんで自分はこうなの?って向き合ったときに
「アダルトチルドレンかもしれない」って思った。
心が子どものままだった。
アダルトチルドレンもアダルトチルドレンを生むから
それもわたしで断ち切りたかった。
わたしは今まで本当に生きづらかった。
だからわたしの子どもには
そんな生きづらい思いをしてほしくないから
母親のわたしが変わらないといけない!って思った。
そしたらね
人生まだまだ折り返しにすらきていない。って今、思うんだ。
50歳で死ぬって思っていたわたしが
自己肯定感を高めたら
35歳でまだ折り返しまで生きてないと思えるなんて
どれだけ成長したと思うんだろう。


でも、なにが起こるか分からない世の中だから
「明日死んでも良い」っていう覚悟で毎日生きるよ。
だから最後に
「子どもたちに怒鳴っちゃった」
「夫に起こっている自分だった」
なんて思われたくないじゃない。
「ぬこは毎日幸せそうだった」って思われたいよ。
だけど、長生きもしたいよ。
だから「毎日幸せに生きる」んだよ!


子どもには「自分で自分のことを幸せにするんだよ」って言い続ける。
人を信じないとかそういうことではなくて
「幸せは自分で決められる」ということを教えたい。
だからその中には絶対に
「人を信じた方が幸せ」が含まれているから。
だから「幸せは自分で決められる」って教えたらいいと思う。
しつけは辞めたよ。
わたしは子どもたちを信じているから
もうしつけをしない。
これはわたしが「決めた」の。
夫も何も言わないで毎日にこにこしてくれているから
「間違ってない」って分かる。
きっと両親に言ったら「何言ってるの」って言われるけど、
最愛の夫が「にこにこ」しているだからいいじゃない。
人を傷つけたり死に関わるようなこと以外はほんと、子どもを信じたらいいんだよ。


読んでないけど
ほんと、「死ぬ事以外かすり傷」なのかも。
(読もうかな)



これからは
「友達も信じる」
「幸せ脳を潜在意識にする」
ことを重点的に生活しようかな。